皆さんは「オズの魔法使い」という作品に登場する「ブリキの木こり」をご存じでしょうか?
知っているという方も良かったらこの記事を読んでみてください。

【オズの魔法使い】には、「ブリキの木こり」というキャラクターが登場します。主人公のドロシーをサポートする三人のお供の中の一人で、全身がブリキでできているため、「温かいハートが無い」ことを嘆いており、オズ大王に「ハートを貰う」目的を持って、ドロシーと共に旅立ちます。(中略)
「自分には心が無いから、気をつけないと、小さな虫をうっかり踏み潰してしまうかもしれない。温かい心を持つ人が、自然にできることが、自分にはできないから、気をつけないといけないんだ」
温かい心が無いと自覚しているが故に、「優しくあろう」と誰よりも努力しているブリキ男。そんな彼に、オズ大王は、「あんたには心がある。無いと思い込んでいるだけだ」と言います。布製のハートを胸に収め、誰よりも優しくあろうとふるまうブリキ男。彼は、自分の優しさを「作り物」と思っているのかもしれませんが、善意は時に、真偽の垣根を越えるパワーを生み出す時があると、この物語は語っているのではないかと思います。
私はこの「ブリキの木こり」のエピソードが好きです。みなさんはどうでしょうか?
さて、今日は紹介するのは、この「ブリキの木こり」みたいな主人公が、ロックと出会って……というお話をエロゲでやっている作品です。
「MUSICUS!」はブリキ男が、自分の心を手に入れたくて、アルビノの女の子と一緒に「ロックンロール」の旅にでるお話
この作品の主人公はなかなかの曲者です。
物語開始時点ですでにちょっと人間として大事なところが壊れていて、もともとはエリート高に通っていたのに、好きでもない女の子を助けようとして、やってもいない無実の罪をかぶって自主退学し、その後夜間学校に通っているような人間なんですね。
なんでそんなことをしたかというと「その時に、自分の心がちょっと動いたから」だけなんですね。普段全く心が動かないのに、その時ちょっと心が揺れたのがうれしくて、それだけのために、周りの大勢の人間に迷惑をかけて自分の人生を棒に振ることまでやってしまったのです。
……どうです?かなりやばいやつでしょ(笑)
主人公の名前は馨くんというのですが、この馨くんは頭で考えすぎて、自分の心がわからないという悩みを抱えていたんですね。
このせいで、不合理で、リスクが大きすぎるけど自分がやりたいと思ったことを「あえて」選択することにとても魅力を覚えてしまうようになってしまいます。その位しないと自分というものが存在しないと感じてしまうんですね。
そんな主人公が、ロックと出会って初めて「感動」を覚えてしまいます。
彼はそのあと迷いながらもズルズルとロックに引き込まれていきます。
ちなみに「ブリキ男」である主人公を旅に連れ出してくれる「ドロシー」はこんな感じの子です。
初対面シーンでいきなり「美しい容姿のアルビノの女の子がなぜかオナニーしてるところを見てしまう」というトンデモない展開でスタートするんですけどねw
この三日月ちゃんがほんとに可愛くて、この子の百面相見て楽しめるだけでもこのゲームやってよかったなって思います。
ある時に「今までの生活に戻る」か「ロックに全力を尽くすか」のどっちのルートも選べます
ちなみに、この作品はノベルゲームなので、「今までの普通の生活に戻る」という選択肢を選んだ時の馨くんと、「ロックに人生をかける」のルートを選んだ馨くんどっちも見ることができます。
もちろん作品のテーマ上、本筋はロックを選ぶ方なのですが「普通の生活」のルートもすごくキラキラしてていいですよ。
どっちを選んでも全力な馨くんは果たして「心」を取り戻すことができるのか?
この馨くんは極端な人間で、ロックを選んだら選んだら今までの生活をスパッと全部切り捨ててしまうし、今までの生活に戻る場合はロックをスパッと切り捨てます。
普通の人であれば、妥協すればベストではなくともいくらでもベターな道は選べますよね。勉強を頑張りながら趣味で音楽をやってもいいしバンド頑張りながら人並の幸せを求めたっていいはずです。でも、「ブリキ男」である馨君にとっては、何かを選ぶということは「何かを切り捨てる」ことなんですね。一度選んだら、不合理なくらいそれに尽くさなければいけない。そのくらいしないと自分は「心」を感じられないのだから。
そのくらい、彼にとって「選択」をするということは重いことなんです。そして、いざ選択をしたら選んだものにわき目も降らずにのめり込みます。どんなに悩んでもどんなに未練があっても、周りからどんなに惜しまれようと捨てたものに触らないという徹底ぶり。
陳腐な表現だけれど、彼の生きざまは、「普通の生活」ルートを選択した時以外では常に鬼気迫っており、容赦なく周りにプレッシャーを与えるし振り回し続けます。それでもついてきてくれて一緒にやりたいと思える仲間がいるルートとそうでないルートでまた極端に分かれていきます。
一つ選択肢によって同じ人間の生きざまが大幅に変わってくるため、物語中の選択がとても重たく、エロゲー(18禁のノベルゲーム)が「選択」のゲームだということを思い出させてくれました。選択肢でドキドキしたいという人にはこの上なくお勧めです。
ロックを選んだルートは「自分」として生きるっていうのはここまで大変なんだな……でもそれって素晴らしいな……と思えるシナリオ
この作品は「音楽」「ロック」がテーマですが、別にロックに限らなくたって「自分の心がとっくに死んでる」「日々感動するようなことがない」と思ってる人にはとても刺さると思います。
ロックを選んだルートでは「表現の世界」で生きることの厳しさや苦難をこれでもかと描きます。スタート地点から切羽詰まっているのに、なかなか成功の芽が出ないまま数年しのぐつらさをしっかりと描きます。
・売れたら売れたで人が寄ってきてしんどいし
・売れなくて自分が一人ボッチになってしまったら絶望しかない。
本当に恐ろしい世界なのだな……て感じます。
そういう厳しさを描いていてなお、というよりそういう厳しさを描いているからこそ、表現を通して自分に素直に生きる、自分自身をを世界にぶつけるという体験は得難いものなんだっていう作品のメッセージがものすごく説得力を放っています。
どうしてもこんな風に「心が動く世界」に挑戦せざるを得ない人間はいて、そういう人間を止められるものなんてないのだと訴えかけてきます。はっきりいって無茶苦茶な作品だけど、超「エモい」です。日々の生活で心が死にかけててつらい……と思ってる人こそプレイしてみてほしいなと思う。絶対になにがしかの刺激を受けると思います。
普通の生活を選んだルートでも、日常をすごくキラキラと輝かせてくれるものを見つけるシナリオになっている
じゃあ「ロック」をやるのが素晴らしいのかっていうと必ずしもそのようには描いていなくて、日常ルートは日常ルートで、ロックルートのような「エモ」さこそないものの、穏やかで、それでいてキラキラしたものを見ることができます。
こちらは、定時制の学校で文化祭のステージにクラスメイトみんなで挑むという王道の青春物語なんですが、あの「瀬戸口廉也」がこれを描いたというのがもうすごい衝撃で……。ロックルートでほかのすべてを投げ捨て、ロックに魂をささげていた主人公が、穏やかに人と音楽を楽しむ姿って「こんな未来もあったんだ……」っておもってすごくホロリときます。
つらいことやどうにもならないことが後ろから追いかけて来るなら、楽しいことをたくさんやって逃げ切るしかないんだよ。私たちは世界の端っこで生きてるとるにたらない存在かもしれないけど、目に映っても誰も気にとめることがないようなちっちゃな存在かもしれないけど、でも、みんなと同じ世界で胸を張って生きてるんだって、主張しなきゃ! 主張しなきゃ……自分でも忘れちゃうよね……
普通に生きていたら気がつかない路傍の雑草が自分の存在をたからかに歌うその姿ってのはさ、美しいものなんだよ? それはきっと、失敗を知らない彼らの人生を豊かにする、小さな小さな発見にもなるんだ。僕らのような路傍の草のような見向きもされない人間が胸をうつ音楽を奏でて、彼らにとって忘れがたい存在になれれば、それだけでもう勝ったようなもんじゃないか
ED曲も好きなんですが、ED前のライブシーンで流れる「ミライ」っていう曲が超超超いい曲なので、ぜひ作品をプレイして聞いてみてほしいと思います。。。
とにかく音楽も素晴らしいしストーリーも厳しいけれどもどのルートも印象的で絶対に心に残る内容となっています。めちゃくちゃお勧めです。
ちなみに、この作品は、クラウドファンディングで5000人のファンから1.3億円を集めて製作されたという経緯があり、そのおかげで普通のゲームと比べてかなり安いです。価格以上の満足を得られる作品ですので、ぜひ試してみてください。
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